ナンパと評論をごった煮にすると謎肉になります

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合理性(正)教徒と抒情異教徒の十年戦争 in ホリエモン 堀江貴文「ネットがつながらなかったので仕方なく本を1000冊読んで考えた☞そしたら意外に役立った」

最近はすっかりお茶の間でお馴染みの存在となったホリエモン。ネタがなくなったらとりあえずコイツに頼っとけば問題ないっしょとばかりに最近は雑誌の表紙、コメントに彼の名前や写真を頻繁に見かける。

 

目立ちたがりを嫌悪するバリバリ保守派の母でさえ図書館から彼の「本音で生きる」を借りてきたときには、ここまで彼のキャラクターが大衆に共有されようとは…とある種感慨深く感じた。フジテレビ買収騒動の時や逮捕されたときなんかには考えられなかったよね、ホント。

 

僕の中でホリエモンはとことん合理性を重視する人間、というイメージがある。並みいる投資家を30分待たせてけろりとしていた、や、バカな質問をしたインタビュアーには冷淡な態度をとるなど、彼からは、社交辞令といった人間関係の緩衝材をとことん省き、合理を遵守する人間というイメージを強く感じる。もはや、人間性を一部喪失しているのではないか、と僕などは感じることがある。

 

そんな彼が、この本の中では違った一面を見せていると私は感じた。

「ネットがつながらなかったので仕方なく本を1000冊読んで考えた」。彼が獄中で読んだ本の中でオススメをピックアップし書評をまとめたものだ。

リリー・フランキーの「東京タワー」書評とともに筆者のリリーさんとの交流を明かしたエピソードに私は驚いた。なぜなら、その部分は、堀江さんのリリーさんへの承認欲求を強く感じたから。彼がここまで強く抒情性を持たせた文章を書くとは思わなかったからだ。

しかし同時に堀江さんは、自身の親との関係においては合理性を読む側に強く意識させる。彼は自身の親を亡くした時の自身のダメージを心配し、あえて距離を取るようにしているという。彼は、リスクヘッジだとクールに締めるが、僕にはそのポーズに無理がとても感じられる。

 

彼の中の作戦(合理性)が勝利を収めるのだろうか?それとも、普段見せない抒情が彼を襲うのか?

不謹慎ながら、その瞬間彼がどんな感情を見せるのか、非常に気になる。