読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ナンパと評論をごった煮にすると謎肉になります

ナンパの計画と書評について書き込んでいくブログです。時々時事ネタ入れます。よろしくお願いします

中村うさぎ「パリのトイレでシルブプレ~~!」 「本物の自信」なんて、ケツ拭くちり紙にすりゃ、なりゃあせん

中村うさぎ 読書 感想 2016 読書 感想 角川書店

僕が最近何度も中村うさぎのことが好きだ、と言い続けているが、あえて何度も言いたいです。中村うさぎ大好き。

 

tanakanaka0310gmailcom.hatenablog.com

 

tanakanaka0310gmailcom.hatenablog.com

そんで、何度も様々に中村うさぎを好きな理由を言い続けた来たけど、また新しく発見しました。なぜ僕が中村うさぎを好きか。

僕らを癒す毒を吐き続けてくれるから。

中村うさぎさんは、世間が発する嘘くささにとても敏感。それって違わない?と少しでも思ったらたちまち牙をむきます。嘘だ、嘘だ、と文章を使って毒を吐き続けます。その、世間に対する毒に世間からのはぐれ者のわれらは癒されるわけです。毒と薬は使いようってね。

 

 

今回、彼女が牙を向いてくれるのは、「自分に自信を持て」という考え方です。

「ブランド物で着飾ったって、エラくなったわけじゃないのよ。そんなの、安物の自分に金箔をペタペタ貼ってるのと同じコト。だから、私は自分のコンプレックスと向き合って、それを解決しなきゃ。本物の自信を身に着けない限り、私の病気は治らないのよ!」(マシマシ注:彼女は買い物依存症で、ブランドモノを買いまくる生活を送っています)

 だけどね、皆さん。そんな念仏、いくら唱えたって、私はフラフラとシャネルの店内に足を踏み入れ、性懲りもなく服だのバックだのを買っちゃうんだよ。だってさぁ、あんた、「本物の自信」なんて、どうやったら手に入るってゆーの?

買い物依存症」にかかっていない皆さんは、「本物の自信」を持ってますか?ハッキリ言って、そんなモン、誰も持ってねーだろっちゅーの。誰も持ってないモノを持てなんて、そんなとんでもないコト、けしかけるなよ。

 

こんな感じ。

このように、社会の中で持たなければいけない、自立した大人はきちんと持っている、と言われる「本物の自信」とやらをペシャンコに踏みつぶしてくれます。そんなもの、誰も持ってないだろーと。ざまーみろ!

さて。ここからは僕の意見なのですが、世間一般に、主にマスコミなどで「本物の自信」を持っていると言われている人を良く見ると、肩書には「社長」「取締役」「コラムニスト」だのが輝いています。この社会は、社会的成功を収めている人にしか、「本物の自信」を認めないんですよね。「自信」を持っているホームレスは、ただのイタイ人と評されますし。

うさぎさんにこのように、社会の中の欺瞞を突き崩してもらえると安心します。僕自身、そういった「言葉」にいつも動揺させられるし、こんな自分はダメなのでは、と思ってしまうし。

 

最近、彼女の本を読み始めてからか、自分の嫉妬深さを、自分の一属性として見れるようになってきたんですよ。前までは、こんな風に他者の活躍に悔しがる自分はまだ「自信」を持ってない証拠だ(←ここでも出ます、「自信」)と考え、自信のある自分になりたいと思い、嫉妬を押し殺して。そして、嫉妬深い自分の性格を変えたいと思ってきました。

まあ、でも、無理ですよね。無理な自分がいることを、最近ようやく自分のなかで明らかにできるようになってきた。これたぶん、うさぎさんの本から多分に影響を受けているんですよ。自分のコンプレックスを知ったうえでそのコンプレックスに刺激され影響されまくって行動するのって実はそんなにカッコ悪いことじゃないって彼女の本を読んで思えたんですよ。

だから、ああ、嫉妬してるわー自分と、思えるようになってきた。

んで、どうしたかというと、嫉妬の位置づけを自分の中で変えることにしました。性格的欠陥ではなく、自分のエンジンとして。自分が他者の活躍を見て感じるもやもやをなくすことはできませんが、そのもやもやを感じて、負けないぞ、と心を燃やすことなら可能なんですよね。なので、最近ようやくtwitterfacebookを見れるようになってきました。SNSって、他人の活躍の宝庫じゃないですか。僕もう、あれら見るごとに毎回うーうーって唸る自分(もちろん嫉妬の為です)が嫌で、ここ一年くらい封印してきたんです。でも最近、自分にエンジンを吹かせたいってときに見るといいんだな、と分かってきて、ようやく使えるようになりました。

性格の-をなくすのは難しいです(というか、このマイナスという判断も、社会の価値観に染められた価値観で行っているものなんですけどねー)。でも、-を見方を変えて+にすることはまあ、不可能ではないな、と思っています。なので、少しでも社会的に言われる-をごまかしごまかし+にして、うまいこと世間渡っていきたいと思う、今日この頃です。