ナンパと評論をごった煮にすると謎肉になります

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中村文則「掏摸」 当事者として生きるには

この小説の木崎という人物がいる。彼は、視聴者がであり、作者だ。

 

木崎が、人生について語る描写がある。

 

この人生において最も正しい生き方は、苦痛と喜びを使い分けることだ。全ては、この世界から与えられる刺激に過ぎない。そしてこの刺激は、自分の中でうまくブレンドすることで、全く異なる使い方ができるようになる。お前がもし悪に染まりたいなら、全てを絶対に忘れないことだ。悶え苦しむ女を見ながら、笑うのではつまらない。悶え苦しむ女を見ながら、気の毒に思い、可哀そうに思い、彼女の苦しみや彼女を育てた親などにまで想像力を働かせ、同情の涙を流しながら、もっと苦痛を与えるんだ。たまらないぞ、その瞬間は!

 

彼の、この世界の受け止め方は、ブラウン管やスクリーンを受け止める僕らの受け止め方と全く同じだと思う。僕らは、ドラマを観ているときに、登場人物に感情移入し、彼らが悲しむときに一緒に悲しんでいる。嘆きながら、しかし、感動という作用を通し、喜んでいる。そして、主人公にその悲劇を与えているのは、この木崎という人物なのだ。彼は、作中で人物という枠を超越している。なぜなら、このような描写があるからだ。

 

なぜ殺されたか、なぜこうなったか、わからんだろ。……人生は不可解だ。いいか、よく聞け。そもそも、俺は一体、何だったか。

 

木崎が主人公を手にかけ、こと切れる前にかけるセリフだ。ここで、彼は「俺は一体、『何』だったか」という。もし、彼が人物として登場しているなら、「俺は一体、『何者』だったか」とセリフを発するだろう。人を超え、主人公の運命を握るもの、つまり作者としての発言だったのだろう、と思う。

 

木崎は当事者でない存在。あがくものを眺める者として描かれているように思えた。

 

<10文抜粋>

僕は一冊の本は、主要な部分を10個ほど読めば、その本の主要なエッセンスを掴めると考えています。そこで、忙しいあなたのために、僕がこの本の要だと思った10文を抜粋します。濃縮されたこの本のエッセンスを読み、自分なりに咀嚼し、アウトプットしていってください。(左に書かれているのはページ数です)

 

7 遠くにはいつも塔があった。

42 何かが相応しくない方向へ動く気配に、押されたのだった。

42 今まで気づかなかった鉄塔があった。

53 強盗の最中、全ての行為を意識し、楽しむことだ。他の人間が人生の中で決して味わえない分野を、お前たちは味わうわけだから

128 この人生において最も正しい生き方は、苦痛と喜びを使い分けることだ。全ては、この世界から与えられる刺激に過ぎない。そしてこの刺激は、自分の中でうまくブレンドすることで、全く異なる使い方ができるようになる。お前がもし悪に染まりたいなら、全を絶対に忘れないことだ。悶え苦しむ女を見ながら、笑うのではつまらない。悶え苦しむ女を見ながら、気の毒に思い、可哀そうに思い、彼女の苦しみや彼女を育てた親などにまで想像力を働かせ、同情の涙を流しながら、もっと苦痛を与えるんだ。たまらないぞ、その瞬間は!

129 世界の全てを味わえ。お前がもし今回の仕事に失敗したとしても、その失敗から来る感情を味わえ。死の恐怖を意識的に味わえ。それができた時、お前は、お前を超える。この世界を異なる視線で眺めることができる。

135 彼の手足を見ながら、生まれた場所により彼の生活は規定されていることを、改めて感じたように思えた。その押しつけられたような状況の中で、彼は力を入れて動き続けた。

151 こっち側に、要求などするな。質問もだ。……俺の考えが理解できないか?でもそれは、そういうものだからだ。世界は理不尽に溢れている。

157 光が目に入って仕方ないなら、それとは反対へ降りていけばいい。

158 僕はあの塔が見えなくなるまで、何かを盗もうと思った。

183 人影が見えた時、僕は痛いを感じながら、コインを投げた。血に染まったコインは日の光を隠し、あらゆる誤差を望むように、空中で黒く光った。